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2021年度 競輪とオートレースの補助事業

補助事業番号  2021M-173
補助事業名    2021年度 感光性複合材料を用いた磁気駆動膜の製作と細胞配向システムへの応用に関する研究 補助事業
補助事業者名  山口大学大学院 創成科学研究科 機械工学系専攻 微小生体機械学研究室 中原 佐

1 研究の概要
 本事業では、細胞の加工技術の確立に向けて、その要素技術となる細胞の配向制御を実現することができるデバイスを開発した。細胞の配向制御をおこなう磁気駆動型デバイスの設計と製作では、細胞へ引張刺激を与えることができる駆動膜を設計するとともに、再現性の良い製作方法を確立した。製作したデバイスの駆動特性を評価した結果、0.1Hzで1%以上のひずみ量(目標値)が得られることを確認した。製作したデバイス上に細胞を播種・培養させた後、細胞に対して引張刺激を与えた結果、円周方向に配向した細胞が増加することを観測した。今後は、細胞配向の再現性を確認するとともに、提案するデバイスの細胞シート形成への有用性を検証する予定である。

2 研究の目的と背景
 細胞培養をはじめとするバイオテクノロジーは、再生医療や遺伝子治療を発展させる上で今後益々重要になると考えられる。再生医療においては、個々の細胞から生体組織を構築するために、所望の位置や方向に細胞を制御する技術が必要となる。例えば、眼の角膜組織を人工的に構築するためには、角膜の実質であるコラーゲン線維を密な間隔で配列させる必要があり、コラーゲン線維を作り出す線維芽細胞の制御が求められる。また、配列させた細胞シートを積層し、組織構造を構築する技術も必要であり、細胞の加工技術の確立が社会的課題となっている。
本事業は、細胞の加工技術を確立し、失われた組織機能を回復させる治療法を普及させることで、人々の生活がより豊かになる社会を実現することが最終的に目指す姿であるが、細胞の加工技術の確立に向けて、その要素技術となる細胞の配向制御を実現することが本事業の直接的な目的である。


3 研究内容
(1)感光性複合材料を用いた磁気駆動膜の製作と細胞配向システムへの応用
①細胞の配向制御をおこなう磁気駆動型デバイスの設計と製作
 本研究では、磁性を持つ感光性複合材料とネオジム磁石、およびシリコーンを用いて細胞に引張刺激を与える磁気駆動型デバイスを考案した。考案したデバイスは図1に示すように、シリコーン製の構造とゴムシート、およびシートを変形させる駆動部から構成される。寸法はシリコーン製構造の外径を10mm、内径を6mmとし、ゴムシートの厚さは約100µmに設計した。また、ゴムシートの中心付近に直径4mm、厚さ約25µmの複合材料製の磁性構造と直径4mm、厚さ1mmのネオジム磁石を配置した。デバイスの寸法値は、デバイスの駆動力や製作時の加工条件、顕微観察系への応用、およびハンドリングの容易さを考慮し、上記の値に決定した。デバイスの駆動方法の概念図を図2に示す。設計したデバイスは、電磁石による磁界によってデバイスの磁性構造を吸引し、ゴムシートを変形させる仕組みとなっている。ゴムシート上に細胞を接着させておくことで、シートの引張りに伴う変形によって細胞に引張刺激を与えることが可能となる。
 磁気駆動型デバイスの製作は、図3に示すように大きく分けて3つの工程(デバイス下部、シリコーン薄膜、デバイス組み立て)から構成される。デバイス下部は、厚さ約3mmのシリコーンシートを穴あけ加工することで製作した(図3(a))。また、デバイス薄膜部は、シリコーンの接着を抑制する保護膜を基板上に成膜後、その上に厚さ約100µmのシリコーン薄膜を成膜した(図3(b))。そして、デバイス下部とシリコーン薄膜部を接着させ、図3(c)のように複合材料を塗布した。複合材料は、感光性樹脂と磁性粒子の混合物であり、紫外光が照射されることで硬化する特性を有している。塗布した複合材料に対し、直径4mmの円形透過部を有する遮光板を通して紫外光を照射し、現像工程において光が照射されなかった複合材料を除去することで、デバイス中心付近に直径4mmの磁性構造を形成した。その後、別のカバーガラスと磁性構造を有するデバイスを接着させ、最後に直径4mmのネオジム磁石を複合材料上に接着させることで磁気駆動型デバイスを製作した。製作したデバイスの外観写真を図4に示す。直径10mm、内径6mmのデバイス下部の中心付近に直径4mmの磁性構造が形成できており、シリコーン薄膜も損傷なく形成できていることを確認した。

②製作したデバイスの駆動特性評価
 デバイスの駆動には電磁石を使用し、実験時にはデバイスを貼り付けた培養ディッシュの下側に電磁石を設置した。図5に駆動特性評価の実験系の概念図を示す。ファンクションジェネレータ(WF1974, NF)で矩形波を発生させ、アンプ(HSA42011, NF)で増幅させた電圧を電磁石(TMN-1585, テスラ)に印加した。電磁石と磁性構造の距離は約3 mmであり、磁性構造の中心付近の変位量を高精度非接触段差測定機(HISOMET II、ユニオン光学)で測定した。また、電磁石に印加する電圧は10 (offset: 5 V), 20 (offset: 10 V), 30 (offset: 15 V) Vp-p(デューティー比:50%)とし、駆動周波数は0.1Hzとした。図6に示すように、得られた変位量からゴムシートのひずみ量を算出した。細胞への引張り刺激による配向に必要なひずみ量については、従来研究の結果をもとに目標値をひずみ2.2%とした(Kamble 他、Lab Chip、2018)。
 表1に印加電圧に対するデバイスの変位量およびひずみ量の計測結果を示す。計測結果より、印加電圧の増加に伴い、変位量およびひずみ量は増加する傾向を示した。印加電圧が20V以上のとき、目標値である2.2%以上のひずみ量を確認した。以上の結果より、本研究で製作したデバイスは細胞配向実験に応用可能であると考えられる。

③デバイスを用いた細胞配向実験と有用性の検証
 製作したデバイスに線維芽細胞(NIH-3T3)を播種し、12時間培養後、細胞の配向実験をおこなった。デバイスの駆動には、ひずみ量が3.1%となった条件(20 (offset: 10V) Vp-p(デューティー比:50%)、駆動周波数は0.1Hz)を使用し、細胞が接着したデバイスを2 h駆動させた。実験系の写真を図7に示す。駆動前後の細胞の観察には倒立型顕微鏡(IX70, Olympus)とCMOSカメラ(ORCA Flash 4.0 V3, Hamamatsu)を使用した。観察系の写真を図8に示す。
 図9に駆動実験前と1h経過後、および2h経過後の細胞配向実験の結果を示す。駆動前の観察写真より、細胞はデバイスの薄膜部に接着しており、円周方向に向いた細胞は33個であることを確認した。2h駆動後の観察写真では、円周方向に向いた細胞が43個に増加しており、駆動前に比べて約30%増加した。円周方向に向いた細胞が増加したことから、本研究で製作したデバイスは細胞を配向させる機能を有していると考えられる。提案するデバイスの有用性を示すためには、再現性を検証する実験に加えて、細胞配向に適したひずみ量や駆動周期等、適した駆動条件を明らかにする実験が必要であると考えられる。

4 本研究が実社会にどう活かされるかー展望
 本事業の研究期間内においては細胞に引張刺激を与え、所望の向きに配向させる磁気駆動型デバイスを開発したが、本事業で得られた研究成果をもとに臨床応用が近い分野との融合を図り、事業の発展を継続させることで、本研究は実社会おける医療の発展等に貢献できると考えられる。特に、外傷後に傷跡が肥大する病変「ケロイド」に関して、現在、引張刺激の関与が調査されているため、ケロイドに対する知見や治療手段の創出に対し、本研究で開発したデバイスの貢献が期待できると考えられる。

山口大学大学院創成科学研究科(工学系学域)機械工学分野 微小生体機械学研究室
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