補助事業番号 2025M-476
補助事業名 2025年度 磁気駆動型振動デバイスの開発と骨芽細胞の振動応答評価に関する研究 補助事業
補助事業者名 山口大学大学院 創成科学研究科 機械工学系専攻 微小生体機械学研究室 中原 佐
1 研究の概要
本事業では、細胞へ振動刺激を与える磁気駆動型デバイスの設計および製作をおこない、その駆動特性を評価した。その結果、目標値である0.5G以上の加速度振幅が得られるデバイスの開発に成功した。本デバイスに骨芽細胞様細胞を播種して振動刺激実験をおこなったところ、細胞の増殖率は非刺激群に比べて約1.3倍に向上した。また、骨芽細胞のマーカー酵素であるALPの染色像が確認できたことから、提案するデバイスは骨芽細胞様細胞の分化誘導実験において有用であると考えられる。
2 研究の目的と背景
国内の高齢女性の4人に1人は骨粗鬆症といわれており、骨強度の低下に伴う骨折リスクの増大が社会的課題となっている。人々の健康寿命の延伸を図る上では、骨折によって寝たきりや要介護状態となるリスクを低減させることが極めて重要となる。骨粗鬆症の予防に向けて、生体への振動刺激が骨形成を促進すると報告されているが、詳細なメカニズムは明らかにされていない。そのため、所望の振動刺激を与えると同時に、細胞応答を観測できるデバイスが求められている。本事業は、骨形成を促進するメカニズムを明らかにし、骨粗鬆症を回復させる治療法を普及させることで、人々の生活がより豊かになる社会を実現することが最終的に目指す姿であるが、骨形成の促進メカニズムの解明に向けて、細胞の振動・観察デバイスを開発することが本事業の直接的な目的である。
3 研究内容
(1)磁気駆動型振動デバイスの開発と骨芽細胞の振動応答評価に関する研究
①細胞へ振動刺激を与える磁気駆動型振動デバイスの設計と製作
本研究では、細胞へ振動刺激を付与するために、細胞が接着するシリコーンシートと、駆動素子となるネオジム磁石を組み合わせたデバイスを設計した。その概念図を図1に示す。提案するデバイスは、電磁石による交流磁場を与えることでシリコーンシートを変形させると同時に、リング型磁石の内側に接着した細胞へ振動刺激を与えることができる仕組みとなっている(図2)。デバイスの製作では外径20mm、内径16mmのリング型の構造上に厚さ120umの薄いシリコーンシートを貼り合わせた後、シリコーンシートの中心に外径4mm、内径2.5mmのリング型ネオジム磁石を接着させた。その後、直径35mmの細胞培養用ケースに上記の構造を貼り付けることで、細胞の培養から振動刺激の付与、観察までを実施できる小型デバイスを製作した。
磁気駆動型振動デバイスの製作工程は、図3に示すようにデバイス下部の製作、シリコーン薄膜の製作、および組み立て工程から構成される。デバイス下部は厚さ約2mmのシリコーンシートを穴あけポンチを用いて打ち抜き加工することで製作した(図3(a))。また、シリコーン薄膜の形成プロセスでは、シリコーンの接着を抑制するための接着防止剤をカバーガラス上に塗布した後、その上に厚さ120µm程度となるシリコーン薄膜を成膜した(図3(b))。そして、シリコーン薄膜とリング型ネオジム磁石、デバイス下部を接着させた後、カバーガラスからシリコーン薄膜を取り外し、最後に培養ディッシュの底面にデバイス下部を貼り合わせることで、磁気駆動型振動デバイスを製作した(図3(c))。
製作したデバイスの外観写真を図4に示す。直径35mmの培養ディッシュの内側に、外径20mm、内径16mmのリング型構造があり、中心には外径4mm、内径2.5mmのリング型ネオジム磁石が配置されている。また、デバイスのシリコーン薄膜部を観察した結果、薄膜に損傷等はなく、以降の細胞振動実験に使用できるデバイスが製作できていることを確認した。
②製作したデバイスの駆動特性評価
デバイスの駆動には電磁石(TMN-158S, テスラ)を使用し、印加電圧はファンクションジェネレータ(WF1974, エヌエフ回路設計ブロック)で制御し、印加周波数は50Hzのsin波とした。シリコーン薄膜の変位量を計測するために、薄膜に取り付けられたリング型ネオジム磁石にレーザードップラー式振動計(グラフテック,
センサユニット:AT0042, 復調ユニット:AT3600)の焦点を合わせ、オシロスコープ(T3DSO1204, TELEDYNE)に出力される電圧値から変位量を算出した。図5に、実験系の概念図を示す。デバイスの底面から磁場を印加し、レーザードップラー式振動計で得られた変位量と印加周波数からシリコーン薄膜の加速度振幅を算出した。加速度振幅については、従来研究において細胞刺激に有効とされている0.5Gを目標値とした。
図6は印加電圧に対する加速度振幅の計測結果である。計測結果より、印加電圧の増加に伴い、加速度振幅が増加する傾向がみられた。計測したサンプルによってばらつきは生じたが、1Vを印加したときに、すべてのサンプルにおいて0.5G以上であることを確認した。以上の結果より、50Hz、1Vの印加電圧でデバイスを駆動させることで、0.5Gの加速度振幅を細胞に与えることが可能であり、製作したデバイスは細胞培養実験に応用できると考えられる。
③骨芽細胞の振動刺激応答評価によるデバイスの有用性の検証
骨芽細胞の振動刺激応答評価では、はじめに、製作したデバイスを洗浄し、その後、マウス頭蓋冠由来の骨芽細胞様細胞(MC3T3-E1, RCB1126,
RikenBRC)をデバイス内に播種した。温度37℃、CO2濃度5%のインキュベータ内で24h培養した後、50Hz、0.5Gの振動刺激を細胞へ与えた。その後、12hごとに顕微鏡(CKX-41,
オリンパス)を用いて観察し、36hまで培養を続けて振動刺激に対する細胞応答を評価した。また、対象郡(Control)として、振動刺激を与えていないデバイスも同様に観察し、評価した。
図7に振動刺激を与えていない細胞郡(Control)と振動刺激を与えた細胞郡(Vibration)の経過観察写真を示し、図8に経過時間ごとの細胞数比を示す。観察写真より、細胞はデバイスのシリコーン薄膜上に接着し、増殖する様子を示した。また、36h時点での増殖率は、ControlよりもVibrationの方が約1.13倍大きかった。以上の結果より、製作したデバイスは細胞へ振動刺激を付与することができており、細胞の活性化を促進したと考えられる。
従来研究より、骨芽細胞様細胞から骨芽細胞へ分化した場合には、骨芽細胞のマーカー酵素であるアルカリホスファターゼ(ALP)の発現量が増加することが確認されている。骨芽細胞への分化を確認するために、本実験ではデバイス内へ細胞の播種をおこない、細胞培養がコンフルエントに達した後、デバイス内の培地を分化誘導培地(ペニシリン-ストレプトマイシンを1wt%、牛胎児血清を10wt%、β-グリセロリン酸(50020,
Sigma-Ardrich)を10 mM、アスコルビン酸(A92902, Sigma-Ardrich) 50 μLを含むMEM-α)へ置換し、1時間の振動刺激を付与した。その後、2日間おきに培地を交換し、振動刺激から5日後に、細胞を固定し、ALPを染色キット(294-67001、富士フィルム和光)で染色した。染色後、倒立型ルーチン顕微鏡を用いて細胞を観察した。比較対象として、分化誘導試薬を含まない培地を用いた実験も実施した。
図9は骨芽細胞のマーカー酵素であるALPを染色し、10倍の対物レンズで観察した写真である。図9(a)は分化誘導試薬を含まない培地で5日間培養した結果であり、図9(b)は分化誘導培地で5日間培養した結果である。分化誘導試薬を含まない培地で培養した場合は、観察された染色像は一部の領域に限られており、分化誘導培地を用いて培養した場合は、広範囲において染色像が観察された。骨芽細胞のマーカー酵素であるALPの染色像が確認でき、従来研究で示された結果と同様の傾向を示していることから、本デバイスは骨芽細胞様細胞の分化誘導実験に使用できると考えられる。
4 本研究が実社会にどう活かされるかー展望
本事業では、細胞に振動刺激を与えて増殖率を向上させる磁気駆動型デバイスを開発した。今後はこの成果を基盤とし、細胞核などの局所領域へ振動刺激を与えることができるデバイスへと発展させることで、生物分野(細胞生物学やメカノバイオロジーなど)における未解明な現象の解明や、新たな知見の獲得に貢献できると考えられる。
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